漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

離れられない

■連日気温が低い。リラ冷えか。ライラックの咲くのが早いとリラ冷えも早いのか。

■前半を見損ねた千葉県不登校条例解説だが、アーカイブ動画が送られてきたので、すべて見ることができた。

■政治への市民参加という点ではきっとこれが正道なんだろう。市民活動団体があつまり、行政や議員と接点をつくり、問題を共有して条例にまとめる。条例を裏づけに具体的な仕組みづくりへ進む。官民合同の連絡協議会で作業できるテーブルも用意された。

■この活動に触発され、統一地方選に立候補した関係者もいたそうで、みごと当選したという。なにを進めるにもつながりは必要で、しばらくは議員、行政、民間団体のリンクは切れなそうだ。

■それにしてもうまく運んだと感心するのだが、それはあくまで外枠の話だ。内側は解説を聞いてもモヤモヤする。

■千葉のフリースクールネットワークが、なにより「学校に行かないこと」を認めてほしかったのはわかった。「学校復帰以外の支援」という言葉が何度も出た。学校がイヤで行かない。つらくて行けない。しかし学校に戻させる以外の手立てがない。それはおかしいんじゃないかと聞かれたら、確かにおかしい。

■では、学校復帰以外の道をどうする。条例では社会的自立を代わりに据えた。そのための多様な学習活動を認め、教育機会を確保するとした。「社会的自立」を条例に盛り込んだのは、文科省の通知にもつかわれており合意が得やすかったからとのこと。ちなみに文科省はこの言葉を「精神的自立および経済的自立」の意味で使用している。

■そうなのか。それでいいのか。学校復帰を避けた結果、どこもかしこも学校になったと俺には見える。「多様な学習活動」が結局は「多様な場所でおこなわれる学校の教科学習」になるのは、この日誌でも何度か書いた。

■まあ、それはそれでひとつの解決法だ。既存の学校じゃなくてもかまわない。ほかの場所でも学べます。いろんな学校があれば、それで楽になる子もいるだろう。学校を休むのに罪悪感を持たずに済むかもしれない。まあ、あくまで選べる人は、だが。

■自分でもなにに引っかかっているのかわからなくなってきた。ただ、学校にこだわってつくったものは、学校から離れられないんだなとあらためて思った。