漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

真心ライブ

■土曜日。チケットを譲ってもらって真心ブラザーズのライブに行ってきた。ライブ自体何年ぶりだろう。さらに真心となると20年近く行ってなかったかも。ペニーレーン24が会場なのに椅子が並べてあってファンの高齢化を実感する。まあね。デビューから35年ですから。大学生の兄ちゃんみたいだったふたりもすっかりおじさんになって、大学生の兄ちゃんだった俺も同様におじさんになった。バンドと一緒に歳を取るのは悪くない。

■売れるきっかけとなった「どか~ん」はニュースステーションのスポーツコーナーでつかわれていた。そういや久米宏が死んだなと聴きながらぼんやり思う。


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■今日は子供を連れすこし遠くの公園へ。長い坂もソリで滑れるようになった。去年はあんなに怖がっていたのに。成長を感じる。

つながらずつながる


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大麻座商店街復興の動き。この火事を機に再開発の動きが出るのではと危惧していたが、この調子なら大丈夫だろう。あらためて寄付先を載せておく。

npoproject.hokkaido.jp
center-i.jp

商店街で活動していた人たちのつながりの強さをあらためて感じる。火事で漂流教室の事務所がなくなったとして、どれほどの人が助けてくれるか。どこともつながっていない「秘密の場所」の良さを保ちつつ、広く交流する。後者をサボっていたかもしれないな。今年はあちこち顔出すか。

■茂木さんも書いていたが、今年の冬は去年より部屋が冷える。ストーブにくべるペレットがすぐなくなる。特段気温が低い気はしないので日照時間の問題かな。曇りの日が多いとか。昨日の午後は陽が射してストーブなしでも暖かかった。

■太陽光といえばと強引な展開。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を勧められ読んだらおもしろかった! 物理や化学を学んでいたらもっと楽しめたんだろう。映画になるので観に行こうかな。

■漂着教室は今週からが本格稼働といった感じか。年明け初めましての顔がちらほら。今年もよろしく。

ドレミパイプ

■なんだか去年の冬夜も寒い気がする今年の漂着教室。なかなか部屋の中が温まらないしコップに注いだお茶がすぐ冷める気がする。

■なんとなくYouTubeを観ていたらドレミパイプで音楽を奏でるおもしろ集団を発見。ドレミパイプなら漂着教室にあるじゃないか。私もそれやりたい・・・!と思い早速ドレミパイプで「キラキラ星」や「さんぽ」等を奏でてみる。一人で叩いて楽しいは楽しいけどやっぱり一人で弾ける曲にも限りがあるので誰か一緒にやろう。私とドレミパイプでバンドを組まないか。ドラムとか太鼓とか好きな人は好きだと思うドレミパイプ。調べたら楽譜も売っているみたいです。欲しい。

■午前中は見学一件。午後は訪問に出かける。天気が良くなってきたよ。そうそう、泰貴くんお誕生日おめでとう!

保温性

◼️北海道の冬らしい寒い季節になりました。数分前からエンジンをかけている車のドアが凍っていて開かないのだもの。寒い。

◼️久しぶりに人狼ゲームに誘われて遊ぶ。と思ったら人の動きがめちゃくちゃになって一戦も出来ずに中止に。残念だと思ったら参加者はそれでも楽しそうにしていたので集まることに意味があったのかと思ったり。でも私人狼ゲームしたかったです。

◼️数ヶ月前から欲しいと思っていたスープジャーが安売りしていたので思い切って購入。本当はもう少し大きいサイズが欲しかったのだけどひとまずはこれでよし。おかゆを入れたり春雨スープをいれたりしたいと思いつつ、とりあえずお味噌汁を入れて保温性を確かめることにした。

本当になれるか28

■皆さんこんにちは、ボラスタの山川です。

■今日は1月13日。後2日で28歳になってしまうな。全然実感湧かずですね。誕生日プレゼントは鶏むね肉のミンチでお願いします。

■昔の自分はきっと27歳になったら何かある、27歳の自分はきっと今までと違う、みたいなことを思ってましたが結局何も起こらず27歳は幕を閉じそうです。カート・コバーンジミ・ヘンドリックスのように伝説にはなれなかったですね。

■28歳になりますが、本当になれるか心配になってきました。すぐやる気無くすし、仕事辞めたがるし、もう少し音を上げずに「我慢」「忍耐」を念頭に28歳も頑張ります。ではまた。

未来が見えない

■ロシアとウクライナイスラエルパレスチナの争いだけでお腹いっぱいな気分だったが、年明けにアメリカがベネズエラに攻め込んで更にグリーンランドも領有しますなどとトランプが言い出したところで本邦を顧みれば、首相は中国相手に後先考えない挑発をしている。おかげで今後の生活がどうなるやら先行き見えなくなっているというのに、国会開いたらすぐに解散総選挙だという。高支持率(本当か怪しいものだが)を頼みに選挙で勝てばこれまでのやらかしを有耶無耶に出来るという考えが透けて見える。

漂流教室不登校をスタート地点にそこと繋がる教育や障害、貧困などを考える仕事をしてきたが、それが可能だったのは現在過去未来の社会情勢がそれほど激しく変化しない、予測しえるものであるという前提があったからだと、今般の情勢から思う。世界の情勢に日本の社会は左右され、日本の情勢に国民の生活は左右される。当たり前でわかっていたことだが、こんなに実感を伴うことはこれまでの人生では無かった。正直、恐ろしくなってきている。

■こんなことを考える。アメリカが沖縄が戦略的に重要だから領有すると言い出して、中国が反発したところに首相が火に油を注ぐような事をまた言って世情が更に不安に満ちる。不安を打ち払うために同質化に向かう国民感情を下敷きに、日本国民一丸になろうと言う言説が力を持つ(それは東日本大震災のような天変地異に立ち向かったようなヒロイズムを思い起こさせる)。そんな中で不登校に向けられる視線が今までと同じで居られるだろうか。教育行政の方針が一夜にして変わることはいくらでもあり得るだろう。既にちらほらと復活しているのを見かける「非国民」という言葉が不登校を範疇に含み出すこともあるだろう。そうなれば「不登校はけしからん」という意見がリベラル層によって押し殺されたと考える人々の感情がバックラッシュを起こし、噴出する様を思い描くのは当然だ。不登校も含めて、一人一人が持つ様々な物語が社会によって無視され押し流されて行くのだろう。こんな状況が眼前に迫っているわけで無いのはわかっている。しかし、嫌でもこうした未来予想をしてもおかしくない世の中であることもまた確かだと思う。どこぞの大臣は「仮定の質問には答えられない」と連発しているけれど、自分のやることを説明できない政府のやることは国民にとって天変地異に等しいことがあるということだ。

■一つの未来予想を書いてみたが、もちろんこれ以外にもたくさんの未来を予想せねばならない出来事が日々起きている。一体、それぞれの未来について漂流教室としてどのようなことができるのか、その未来でどのような人々に出会うのか、どのような未来でも「権利擁護」が今と同じ重みで受け入れられていくのか、自分がそれを守っていくことに携わっていられるのか。一月ということで「漂流教室の今後については」と尋ねられることもあったのだけど、ニコニコ楽しく景気良い話しが出来ずもやもやしてしまったので書いてみた。(水曜日)

自由の下地

■すっかり日誌のことを忘れていた。

■1月10日、11日と北海道生活教育の研究集会に参加した。学校の自由さを再認識する。学校はなんでもできるんですよ。田んぼに入ってフナをつかまえたり、そのフナをさばいて食べたり、ブランド米をつくったり、なんでもできる。

■そして「生活教育」の名称に思い至る。それなりの人数がおなじ空間でおなじ生活をする。その下地があって自由な学びが展開される。個別最適化は学校から自由を奪う方向に進むのではないか。不自由な学校づくりの旗振り役をフリースクールが務めるとはなんとも皮肉だ。

■おなじ建物内でUNESCOのカレンダーバザーをやっていた。事務所用にひとつ買う(1/13朝)