漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

湿って暑い

■湿って暑い。気圧の変化はあまり気にしないけれど、暑いのはつらい。あれ? でも雨の日は眠いな。影響を受けるの気温だけじゃないかも。

■そう、雨降りで朝から眠くてしようがない。オンラインで面談してても通信つくってても明日の講演の資料をチェックしていても通信制高校の課題を教えていてもとにかく眠い。

■眠い眠いとぼやいているうち夕方になり、見学者ご一行がやって来た。道内から名古屋から大阪から10数名があつまった。どんな話をしたのかは知らない。対応を山田に任せ、保育園へ子供を迎えに行った。

あるいは靴でいっぱいの玄関

■夜になってもまだ蒸し暑い。それならやっぱり眠くってら倒れるように寝てもいいはずなのにそうはならない。なぜだ。

体が急に起き上がる

■皆さんこんにちはボラスタの山川です。

■ここ数か月の間で、寝ても何時間後かに急に起きてトイレに行くことが多くなりました。これまでアラームが鳴るまでスヤスヤだったのに今は1時間前とかに目が覚めてしまったり、トイレに起きてしまったりとちゃんと眠れていません。休みの日も、朝起きて朝ごはん食べてってしてると眠くなくなって、昼寝とかもしないことが多いので、なかなか眠れずなんです。でも、たまに昼までぶっ通しで寝る時とかもあるので、一概に睡眠不足だっていうわけでもないんですよね。

■一度寝に入るとなかなか起きない人とかいるじゃないですか。そういう人ってすごい羨ましいなって思います。俺も前はずっと眠れてたのになぁ……。齢をとると寝続けられるって聞いたのにな、ではまた。

名人芸に見えるけど

■ぷれいおん・とかちのイベント「これからの居場所」に参加し、富山県高岡市にある「ひとのま」の宮田さんの話しを聞いてきた。七年前に訪問した時の日誌は以下。
hyouryu.hatenablog.jp
hyouryu.hatenablog.jp

チラシ

■訪問した時に聞いた話でも今回の話しでも、中心となるのは宮田さんがこれまで関わってきた人たちとのエピソードだ。一つ一つがフックのあるエピソードで、聞いていて面白いし、不登校・生活困窮・出所者支援などに関わる人たちにはヒントになることもたくさん出てくる。自分がメモを取るとき、自分の考えたことは赤で取るのだが、今回は赤い字の面積がとても多くなった。

■宮田さんと自分の共通点として、不登校をきっかけに人と関わっていくうちに周辺領域との関わりが広がっていくということがある。ただ、長年活動していても不登校領域に留まる人たちもいる。講演を聴いていてその違いが何に由来するのか、見えてきた瞬間があった。それは、活動の原則が単純なものであることだ。ただ、その意味するところを活動の隅々まで徹底させる。宮田さんは「家を借りて開けているだけ」と話していた。漂流教室で言えば「週1回1時間訪問するだけ」ということになるか。それを徹底させるというのは、何かをさせるとかある方向を目指したりはしないということだ。だから、そこで生まれる人との関わりを支援ということも違和感があるようになる。今回の講演タイトル「『支援をしない』と言いながら『支援』を考えてみる」も納得がいく。一方、長年やっていて活動が不登校領域に留まる場合は、原則以外に何かの思いがあり関わりの範囲が限定されるのだろう。その限定は対象者の属性や時間、場所などに現れる。しかし、その方が解決できる課題もある。それを人は「支援」と呼んでいるのではないか。

■単純な原則の徹底は、他者が関わってくる余裕を生み出す。利用する人との間では誰が来てもOKで、活動内容も子供対象に限らなくなる。更に、その徹底は自らの限界を謙虚に受け止めるということに繋がる。出来ることと出来ないことを自覚し、出来ない時にはお互いの得になる方向を目指して対話を重ねる。その余裕もやはり原則がある故に守られる。また、「ひとのま」には、医療や福祉、行政が問題を抱えて相談しに来た人に勝手に紹介するケースがたくさんあるという。勝手に個人の携帯番号を相談者に教えていたというエピソードはひどいものだと思った。ただ、それでもやってきたんだものなと受け入れるのだという。これも原則の徹底だと思う。そうした繋がり方でも、敵を作らないように関わるということを心がけているのだという。この点、漂流教室というかおれには中々難しいところだ。

■色々なエピソードを時に笑いながら時に感心しながら聞いていると、ついついその関わり方は宮田さんだから出来る名人芸のように思えてくる。しかし、至極シンプルな方針を徹底させることで生み出される活動こそが、一見名人芸のような関わり方が生まれる舞台なのだと思う。NPOはミッションが大事だとよく言われるのは、これを指していると思う。ただ、その徹底は中々難しい。ついつい、色々なルールを設定した方が活動のレベルアップに繋がるような気がするが多分そうではない。

■でも、広報宣伝という点では単純な原則は弱い。「ひとのま」の様にそこから生まれる素敵なエピソードをどれだけ出せるか。そこにはプライバシーも関わるので、漂流教室での関わりをバンバン出すのは躊躇してしまう。そもそも、ドラマチックなエピソードよりも何もない時間の方が多いので、描き方も難しい。漂流教室なりの見せ方を考えないとな。話し上手な宮田さんを見ていて、そう思った。

十勝晴れ

後志×後志

■土曜日。訪問一件。その後、オンライン学習支援のモニタリングで倶知安へ。時間があったので下道で行く。ひさしぶりに通るといろんな店が閉まっていて、後志道ができ町の重心がずれたのがわかる。これまでの学習の振り返りと今後の見通しについて一時間ほど話す。オンライン学習のための問題集を探すのに、これまでの模試などを借りた。一度自分でも解いてみないと。帰りは中山峠を越えてのんびり戻ってきた。

■翌日は子供のリクエストに応えて海へ。小樽でカニやらヤドカリやらを捕って遊んだ。気をつけたつもりだったが、腕が真っ赤に腫れてひどい。日光アレルギーは軽くなってきた気がしていたけど、まだまだでした。油断禁物だな。

■締め切りまで間のない仕事が続いてずっとバタバタしている。さらに、今月末が締め切りの仕事が先月末締めに前倒しされていたと知る。連絡してよ!(7/6朝)

今週あったこと

■火曜日。訪問送迎の途中、ラーメンを食す。太平のラーメンStyle丸ふ。美味かった。鯖ブラックというのを食べたが、他のも食べてみたくなった。あ、このラーメン、もしかしてブラックさバスなのか?夕方、訪問が無くなり家で週末の帯広行きに向けてホテルなど取る。

■水曜日。朝メールを見てみたら、昨日予約した時のオンライン決済操作で失敗したのか、ホテルが二重で取られているではないか。キャンセルしたら、キャンセル料で半額取られた。悲しい。相談支援パートナーで中学校に行き中学生を見ていたら、椅子を後ろに傾けて後ろの足だけでバランスを取っているのを見て懐かしくなる。おれも幼稚園の頃からそうやって、ちょいちょい後ろに倒れたものだ。中学生もその経験があると笑っていた。これってもしかしたら、多動傾向の時に意識を分散させて集中しやすくするためにやっているのではないか、と思った。午後漂着教室。お初にお目にかかる人が居て、中学生だと思ったら小学生だった。

■木曜日。午前中、武蔵女子短大の明田川さんに誘われてゼミに参加。他己紹介をするということでペアになった人が、明田川さんの娘さんで数年前にイベントの受付をしていた人だった。言われてみれば顔に記憶があった。以前ならすぐに思い出したはずだが、確実に記憶力か衰えている。桑園でフリースクールをしている方と知り合いになった。以前何かで調べていて名前だけは知っていたので良かった。家から近いから今度遊びに行ってみたい。午後漂着教室。金曜日のお昼ご飯のサイコロを振ってもらうと、「主食…パン、食材…スパイス、調理法…漬ける」だったので、ナンを作って鶏肉をスパイスに漬け込んで焼くタンドリーチキンにしようと決定。その後、後志事業の事務作業をして学習支援。終わったら午後6時半。漂着教室は一応午後4時終了にしているが、こうやって職員が残っている間は居てもらっても良いことにしている。この日も最後まで居た利用者が一人。

■金曜日。朝から漂着教室で粉を練ってナンの生地作りと鶏もも肉の漬け込みをして、通信用にゆらっこさんの絵を描く。やまだくんのネコマンガというタイトルでいつも写真から絵を描いているけど、もっとマンガにしてみたい。お昼になりフライパンでナンとタンドリーチキンを焼いた。以前の漂着教室から使っているフライパンがいくつかあるけれど、テフロンが剥がれて焦げ付きが酷くなっているのがほとんどだ。替えたいな。テフロンは一つあればいい。鉄かアルミのがいいな。ナンの生地は余ったのを相馬が持ち帰ってピザにしたとのこと。午後訪問。久しぶりに歩かないで原神話し。早めに帰宅して、翌日の帯広行きに備えた。

■土曜日。ぷれいおん・とかちのイベント「これからの居場所」に参加するため、朝からバスに乗って帯広へ向かう。車中、AIを使って漂流教室で使っている問い合わせ記録アプリのバージョンアップにチャレンジ。事務所で記録された内容を職員のスマホで共有できるようにした。これで出先でも確認が出来る。こんなシステムを二、三年前に作ろうとしたら、外注で十万単位で金がかかっただろう。NPOにとってはありがたい限りである。というか、他のフリースクールにも教えてあげた方がいいのでは。などと考えていたら昼に帯広着。豚丼を食べてから講演へ。内容については月曜日の日誌に回す。七年ぶりに会ったひとのまの宮田さんは元気そうでよかった。数年前に脳梗塞をやって大変なのをFacebookで見ていたので、気になっていたのだ。夜、打ち上げに参加させてもらい、飲みつつ色々話した。二代目どうするか問題と居場所での性加害問題についてなど。解散してから一人でラーメン食べて宿に戻り就寝。

売らんかなが過ぎる

■「不登校ジャーナリスト」の石井しこうが自身のSNSで「ミシュランガイドみたいに『星』でフリースクールを表したい」と書いていてうんざりした。「学校やすんだほうがいいよチェックリスト」でも感じたことだが、決定を権威任せにさせたい気持ちがチラチラと見え隠れしている。ちゃんと批判しておこうと思ったら、去年の宿題がまだ残っていた。

hyouryu.hatenablog.jp

■くだんのメッセージがこれ。

なにがイヤって手書き風のフォントが本当に気持ち悪いのだが、それは好みの問題なので置いておく。批判したいのは文章の構造だ。「5分間のオンライン作業」「××した子が~%」「半数以上の方が良い結果を得ていました」。この書き方は不安ビジネスの誘い文句と同型だ。

■消費者金融のCMと過払い金返還請求の弁護士事務所のCMがおなじつくりなのに気づいて笑ってしまったことがあった。利用者はどちらもおなじなので、自然とそういうつくりになるんだろう。このメッセージもそうだ。子供が学校へ行かなくなった保護者の不安をターゲットにしている。不安ビジネスにひっかかるよりはチェックリストで「休ませるか」と思えた方がいいだろう。短期的には救いになる。だが、不安を「権威」に委ねよとのメッセージは不安ビジネスの拠って立つ構造を強化こそすれ減らさない。ミシュランに倣った星評価もそうだ。玉石混交のなか、「情報」としてガイドを設定したくなるのはわかる。だが、そのガイドは不安を消すのか。

■子供が学校へ行かなくなる。保護者は不安にさいなまれる。「いま対策しないと手遅れになるかもしれない」と焦る。だが、「正解」はわからない。やみくもに探すわけにもいかず、自然、専門家の発言や学校復帰率、メディアへの露出度などの「実績」を頼る。「不安ビジネス」はそこにつけこむ。自分たちのやり方が「正解」と宣伝し、早期対応をうながす。

■星評価はこの構造を正さない。不登校対応には「正解」があり、それを知っている「専門家」がいる――不安ビジネスも星評価もこの構造の上に成り立っている。情報の非対称性を利用した権威づけ。人一倍不登校の情報に接している人がそれを是とするような発言をするのは危ない。不安と焦燥に立脚した構造を批判し解体するのが不登校「ジャーナリスト」の役目だろう。すくなくとも構造の再生産ではない。

■一言でいえば、売らんかなが過ぎる。そうじゃなきゃ届かない面もあるから一概に否定できないが、不安ビジネスとおなじやり方で広めても被害を防ぐのは無理だろう。

茂木はいた

◼️昔訪問していた子が遊びにきてくれたので近況報告などして過ごす。やぁ久しぶり。

◼️最近はトモコレで遊んでいるそうで、私のアバターも作ろうとしたらしいのだけどそういえば私の写真が一枚もないことに気がついたんだって。「このままじゃトトロいたもん、茂木さんいたもんになっちゃう」とのことで、せっかくなのでツーショット撮りました。お互い写真嫌いだと10年以上訪問していても一枚も写真がないなんてね。気づきもしなかった。

◼️トモコレはプロ野球選手メインで作ったらしく、この中に茂木さんがいても何も野球をしらない茂木さんが可哀想だからと私は違う島の住民になるそうです。私を作ったら見せて欲しいな。昔から特徴を捉えるのが上手な子だから。