■ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナの争いだけでお腹いっぱいな気分だったが、年明けにアメリカがベネズエラに攻め込んで更にグリーンランドも領有しますなどとトランプが言い出したところで本邦を顧みれば、首相は中国相手に後先考えない挑発をしている。おかげで今後の生活がどうなるやら先行き見えなくなっているというのに、国会開いたらすぐに解散総選挙だという。高支持率(本当か怪しいものだが)を頼みに選挙で勝てばこれまでのやらかしを有耶無耶に出来るという考えが透けて見える。
■漂流教室で不登校をスタート地点にそこと繋がる教育や障害、貧困などを考える仕事をしてきたが、それが可能だったのは現在過去未来の社会情勢がそれほど激しく変化しない、予測しえるものであるという前提があったからだと、今般の情勢から思う。世界の情勢に日本の社会は左右され、日本の情勢に国民の生活は左右される。当たり前でわかっていたことだが、こんなに実感を伴うことはこれまでの人生では無かった。正直、恐ろしくなってきている。
■こんなことを考える。アメリカが沖縄が戦略的に重要だから領有すると言い出して、中国が反発したところに首相が火に油を注ぐような事をまた言って世情が更に不安に満ちる。不安を打ち払うために同質化に向かう国民感情を下敷きに、日本国民一丸になろうと言う言説が力を持つ(それは東日本大震災のような天変地異に立ち向かったようなヒロイズムを思い起こさせる)。そんな中で不登校に向けられる視線が今までと同じで居られるだろうか。教育行政の方針が一夜にして変わることはいくらでもあり得るだろう。既にちらほらと復活しているのを見かける「非国民」という言葉が不登校を範疇に含み出すこともあるだろう。そうなれば「不登校はけしからん」という意見がリベラル層によって押し殺されたと考える人々の感情がバックラッシュを起こし、噴出する様を思い描くのは当然だ。不登校も含めて、一人一人が持つ様々な物語が社会によって無視され押し流されて行くのだろう。こんな状況が眼前に迫っているわけで無いのはわかっている。しかし、嫌でもこうした未来予想をしてもおかしくない世の中であることもまた確かだと思う。どこぞの大臣は「仮定の質問には答えられない」と連発しているけれど、自分のやることを説明できない政府のやることは国民にとって天変地異に等しいことがあるということだ。
■一つの未来予想を書いてみたが、もちろんこれ以外にもたくさんの未来を予想せねばならない出来事が日々起きている。一体、それぞれの未来について漂流教室としてどのようなことができるのか、その未来でどのような人々に出会うのか、どのような未来でも「権利擁護」が今と同じ重みで受け入れられていくのか、自分がそれを守っていくことに携わっていられるのか。一月ということで「漂流教室の今後については」と尋ねられることもあったのだけど、ニコニコ楽しく景気良い話しが出来ずもやもやしてしまったので書いてみた。(水曜日)