漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

それじゃスクール等ネットワークでは

■歩道脇の花壇にはクロッカスに水仙。早いよね。今年は桜も早いだろう。そして、昨夜から腹の調子が悪い。まあ、いい。明日から新年度だ。たまったものは全部出しちまえ流しちまえ。

■千葉県の「不登校児童生徒の教育機会の確保を支援する条例」について不登校新聞が記事を書いている。
futoko.publishers.fm
全文公開にしたのは、それだけ重要と考えているからだろうが、取り上げる項目がズレている。理念の前に定義だ。

(定義)
第二条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。

  • 不登校児童生徒 義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律(平成二十八年法律第百五号)第二条第三号に規定する不登校児童生徒をいう。
  • 五 教育機会 義務教育の段階における普通教育又はこれに相当する教育の機会をいう。
  • フリースクール不登校児童生徒に対して学校以外の場における教育機会の確保に関する活動を行う民間の団体又は個人をいう。

「千葉県不登校児童生徒の教育機会の確保を支援する条例」より抜粋

■「不登校児童生徒」の定義は教育機会確保法によるものなので、ここで文句を言うのは少々筋違いなのだが、「相当の期間学校を欠席する児童生徒であって、学校における集団の生活に関する心理的な負担その他の事由のために就学が困難である状況として文部科学大臣が定める状況にあると認められるものをいう」、つまり不登校は生徒個人の内面の問題だとする定義(『その他の事由』で含みを持たせはいるが)にはやはり反発してほしかった。

■「教育機会」について、ここは確保法に上乗せしてある。確保法の「教育機会の確保等」では「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会」だったものが、「義務教育の段階における普通教育又は~」と二段構えになった。確保法とおなじようにこの条例も基本理念の第一に学校のあり方を掲げる。「義務教育の段階における普通教育」はまず学校でなされるべきものであり、そこから漏れる子には学校教育に相当する内容の教育機会を用意する。なんのことはない。不登校の子にも学校の勉強をさせなさいというわけだ。

■そしてフリースクールはそのための機関となる。「フリースクール等」は「不登校児童生徒に対して学校以外の場における教育機会の確保に関する活動を行う民間の団体又は個人」とされたんだからしかたない。あげく役割まで決められて(第七条)、財政措置は努力義務なんだから踏んだり蹴ったりだ。

フリースクール等の役割)
第七条 フリースクール等は、基本理念にのっとり、県、市町村、学校、児童生徒の保護者その他の関係者と連携を図りながら、不登校児童生徒の状況に応じた教育機会の確保に関する活動を行うよう努めるものとする。
フリースクール等は、基本理念にのっとり、不登校児童生徒又はその保護者に対し、不登校児童生徒の将来における社会的自立に資するよう、情報の提供並びに相談の実施及び助言を行うよう努めるものとする。

■千葉のフリースクール等ネットワークはこの条例を足場に財政支援の道筋をつくろうと考えているのかもしれない。条例は「千葉県不登校児童生徒支援連絡協議会」の設置を定めており、フリースクールも構成員に入っている。一方で、千葉県や千葉市を含む「九都県市首脳会議」では「不登校児童生徒等の多様な学びの機会の確保」のため教育支援センターを充実させるべく、国に財政措置を求める要望書を出した。
www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp
■その他、かろうじて確保法にはあった「休養」の文字も消えた。まあ、あの休養は学習活動前提だったので、実際は「休養」じゃないんだけれど。「子どもの権利」も出てこない。機会確保の役割ばかりが課せられて、さて、ここからどう展開するのか。いまのところ俺には、千葉県フリースクール等ネットワークが学校教育の傘下に入った。つまり「千葉県スクール等ネットワーク」になったようにしか見えない。来月、この条例の意義を語るフォーラムがあるという。オンライン開催もあるので、当事者がどう考えているのか聞いてみたい。