スタッフ送迎の都合のため、年度替わって4/2から毎週火曜日は漂着教室を午後四時終了にいたします。よろしくお願いいたします
新年度トイレ修理
■新年度でごんす。いい加減、走り出さねば。そして、北海道マラソンにエントリーもせねば。
■家のトイレがおかしくなった。入ると便座蓋が上がり、スイッチを押さなくても水が流れてくれるという全自動トイレなのだけど、誰も入っていなくても水が何度も流れまくるようになってしまった。壁にあるリモコンから勝手に何度も指示が出ているらしい。気付いたときにはどれくらい経っていたかわからず、水道代がどんなことになっているやら。とりあえず電源を抜いて、手動で水を流している。でもお尻を洗えなくていや。お尻だって洗って欲しい…。
■トイレが家電製品になっていて、修理費用がかかるようになっているのはちょっとくやしい。メーカーの修理サイトに繋いだら、注意書きとして「トイレは消耗品だから10年経っているものは修理じゃ無くて買い換えてねっていうこともあるよ」(大意)と書いてあって、更に納得いかない気分になった。(木曜日)
残念タイムライン
■Twitterをどう使おうかしばらく前から悩んでいて、今は猫アカウント「ゆらほるもみの姿」しかほぼ使っていない。このアカウントはうちの猫の写真と近況報告、RTするのも猫のことだけという完全猫アカウントである。
■かわいいうちの猫を見た人は基本的にフォローするようにしている。すると、タイムラインが地獄の様相を呈するようになった。本当にTwitter上では、ミソジニーやミサンドリ、外国人蔑視の投稿が当たり前のように流れてくる。猫好きな人をフォローしたはずなのに。
■そんな中でたまに流れてくる闘病生活アカウントをちょっと読んだら、クソみたいなアルゴリズムのおかげでTwitterのおすすめに「○○の親族です。○○は闘病していましたが先日亡くなりました」という投稿が週一くらいのペースで流れてくるようになってしまった。地獄に更に地獄が加わったようなタイムラインが出来上がっている。一竜仮面め。(4/9)
どうせ一緒
■最近、安いレトルトのカレーに納豆を入れて食べるのにはまっている。米はいらない、これのみ。昼ごはんに食べていたら利用者に貧乏なのかと心配された。いや、貧乏なのは貧乏だが、好きでやってるので、お金がなくて仕方なく食べているわけではないのです。
■いつの間にかパンフレットに落書きされていた。「学校」の文字が消されている。上の丸印はチェック用? おもしろいのでいいんだけど、在庫全部に書かれたので人に見せるのにちょっと困る。まあ、会話の糸口にすればいいか。
■不登校がらみのいろんな話が聞こえてくる。どこかでまとめたいが時間がない。一方で、どうせどれも一緒だろうという気もしている。不登校は表向きは「問題行動」ではなくなった。登校のみを目的としてはならないことになった。だが、不登校状態の継続は進路選択にリスクがあり、社会的自立のため支援が必要との認識は変わっていない。そのために学校は大きな役割を担っていると文科省は言う。かくて教師は不登校の児童生徒を学校に来させるよう努めねばならない。さらに早期発見、早期対応で新たな不登校の目を摘まねばならない。学校を休むのは「問題行動」じゃないにもかかわらず。矛盾を教師に押し付け子供を「自立」へ急き立てて不登校対策は回る。
■校内教育支援センター(校内フリースクール)も教育支援センター(適応指導教室)も学びの多様化学校(不登校特例校)もオンラインサポートも端末での心身チェックも、すべてこの線上にある。もちろんフリースクールも例外ではない。
■さまざまな理由で学校から「こぼれた」子供を官民総出で「支援」し「自立」の道へ戻す。それが難しい子にも伴走してサポートする。公教育の在り方や自立の中身は問われない。公教育の問題は選択肢の不足に回収される。そしてまた自立支援の担い手が増える。
■一方で支援されない選択もある。東京都のフリースクール利用補助について書かれた記事によれば「積極的不登校」というのだそうだ。自身に、あるいは子供に必要な学習を求めての離脱は支援対象にはならないらしい。
当然、その理屈はフリースクールにもおよぶ。東京都は団体補助も考えているそうだが、その担保にサポートプラン作成を義務づけようとしている。行政の想定する「自立」「支援」に沿う団体は補助を得られる。さて、社会を問い直す視点は奈辺に。
■朝から雨。風は強いが南からで寒くはない。雪どけも進むだろう。でも明日は黄砂だって!?
反省
◼️昨日の二日酔いの事があったので次の日は二日酔いで酷い日にならないように前の夜から気をつけて、そして今日も朝から児童デイに参戦しました。今日の朝の私は大丈夫、正気です
◼️そしてレジンとかプラモデルを作ってお昼ご飯はポテチを買って食べるという思春期の中学生みたいな食事をすませた後に、ようやくそこで訪問。春休み中のデイの子たちと過ごした後の漂流教室の訪問はなんだか私安心してしまってそしていつものように過ごしてる私がいます。
◼️そこはいつも通りニュートラルの私。春休みとか夏休みとか冬休みとか、長期休みって毎年あって私の様子は違うはずなのにまだ慣れない私はもしかしたらそれを毎年訪問先の子たちに押し付けてるかもしれない