漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

訪問

◼️詰め替え用シャンプーを購入。お風呂場で早速そのシャンプーを詰め替えるもちょびっとずつ出てくるばかりで全然終わらない。切り口を間違えたかなと確認してもピッタリ線通りだし、なんなんだと思いながらそういえば少し高いシャンプーだったよなぁ……と思い出して「こいつは私からお金だけじゃなく時間まで奪うのかと……」と思った夜でした。

◼️訪問先の子とゲームをしながら人見知りをテーマに話す。それは自分が人見知りかどうかじゃなくて、人見知りの自分が人見知りの人と出会ったどうするかという話。私もその子も人見知りで、だから私は自分からは特別なアクションは起こさない。だけど訪問先の子は自分が人見知りな分その人見知りの人の気持ちがわかるからなるべく打ち解けようと思って話かけはするけど人見知り特有の初見の態度に傷ついてそれ以上踏み込めないと溢す。歩み込ませようとしない人に歩み寄るのは難しい。けどそれはどちらかが無理してそして築き上げる、歩み寄る様なものじゃないと思います。

◼️なら漂流教室の訪問はどうか、といつもそこで置き換える私。漂流教室の訪問は本人の同意があってそこで初めて始まりはしますが、「家に人が来てその人と1時間くらい毎週会ってもいいよ」と思う気持ちと、「来てもいいとは言ったけどこの人と仲良くなりたいわけじゃない」と思う気持ちは、人見知りの私はよくわかる。

◼️「毎週会う人と仲良くなりたい」それはそう。「打ち解けたい」それもそう。「ゲームが好きだからゲーム好きな人に来て欲しい」分かる。でも、と思う。訪問が始まって数ヶ月、「私が好きな事が同じく好きな人」と過ごす時間は確かに楽しいけど、漂流教室の訪問はそれだけじゃない。

◼️ 例えば、「話が全く合わない他人」と毎週会い続ける事ってなかなか無い事だと思います。だからといってその関係が続かなくても、「あの人全く話が合わなかった人だったよな」と軽く受け止めて欲しい。毎週何があっても家に来る人と会い続けることってそう簡単じゃないし、いつだってそれを拒絶する自由を持っている事を覚えておいて欲しい。会いに行く側の私は多分一生その気持ちを想像する事しか出来ないけど、常にそう思いながら訪問しています。

◼️それはそうと訪問先の子から教えてもらったゲームのチュートリアルすらクリア出来ないんですがどうしたらいいですか。誰か教えてください