漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

不登校児童生徒支援連絡協議会

道教委主催の不登校児童生徒支援連絡協議会に出席した。各支庁から、小中高の教師、適応指導教室の指導員(そういう名称なんだな)ら60名が集まった。

■先ず、アドバイザーである道教大教授、庄井先生のまとめを書いておく。会議を通じて、不登校の捉え方の変化を感じた。「問題のある子」ではなく「困り感を抱えながら懸命に生きている子」という理解が一般的になっている。そういう子供に「今を生きる力」を実感してもらう支援が必要だ。「心の動きの体験」が多くの子の転換点になっている。また、親も同様に「困り感を抱えながら懸命に生きている」。そういう親を孤立させないよう家族支援も必要だ。子供と保護者という当事者を支援するには、抱え込まないことが重要になる。

■今回の会議のテーマは「体験と連携」。フリースクールそらの遠藤さんがそらでの日常と取組を、厚岸少年自然の家の服部さんが不登校の児童生徒対象の自然体験学習を発表した。2人に共通していたのは、子供の意志を尊重すること、そのためにスタッフは見守る姿勢でいること。遠藤さんは、他者との体験から、多様な価値観を通じて自身を見直すことが子供には大事だと説き、服部さんは集団行動や宿泊体験を通しての人間関係の変化が鍵と指摘した。必ずしも良い方向に転がるとは限らない。ぐちゃぐちゃになってしまうこともあるが、それも含めて「変化」だと言う。そのため、イベントの参加人数が成果なのではない、事業後の継続した関わりが大事だとも言っていた。

■その後、10人程度のグループに分かれ、適応指導教室の「連携」事例を聞き、協議の柱をもとに意見交換を行った。協議題は2つ。

  • 体験を取り入れた学校復帰プログラムについて
  • 関係機関との連携体制について

そういう議題になってるんじゃ仕方ない。恐らく、この仕事をして初めて学校復帰プログラムについて考えた。体験活動に学校復帰を期待しても恐らくムダだ。だが、いつもとは違う生活の中で起きる「偶然」や「ハプニング」が思わぬ力で背中を押すことがある。そういう「偶然」を組み込むには有効なのではないか。そういう話をした。庄井先生の言う「心の動きの体験」も同じものだと思う。

■「連携」については、誰かと誰かの間に入ることだ、という話をした。自分と誰かが繋がることはみなよく考えるが、誰かと誰かを繋ぐことは余り考えない。音更の適応指導教室の人が、適応指導教室は学校よりゆっくり時間をかけられる。その分余裕があるので、保護者と学校との間に立って仲立ちをすることができる、という話をしていた。それは充分「連携」ですよ。適応指導教室にそういうことをされると、こっちも焦る。負けられないな。

■閉会の挨拶で道教委の担当者が、これからは教育も福祉の領域に入る、というようなことを言ってて、これまた焦った。いや、焦ることはないのか。むしろ要求しやすくなるのか。しかし、庄井先生の言う「当事者への支援」は学校には難しいなとも思う。「不登校」という括りをする限り、学校も当事者だからだ。当事者が、それを隠して他の当事者を支援することになってしまう。学校が支援者になるためには(つまり福祉の領域に入るには)、学校に通ってるか否かではなく、子供ひとりひとりの学びという視点に立たねばならない。さて、どう変わっていくのだろうか。それとも変わらないのか。