漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

斎藤次郎さん講演会

■9/23(土)、江別登校拒否と教育を考える会「もぐらの会」主催、斎藤次郎氏講演会に行って来た。俺は知らなかったが、教育評論家として著名な人らしい。「こども何でも相談」の回答者として、北海道新聞にも一時期連載を持っていたそうだ。講演のタイトルは「子どもに拒否される学校と社会」という刺激的なもの。もっとも最後までそんな話にはならなかった。

■では、何の話だったか。例えば教育基本法が変えられる。憲法が変えられる。そういう「悪いヤツ」がいる。こういった思考はちょっと待て、と氏は言う。「悪いヤツ」と言った時点で、言った自分は「正しい人」になる。仮令なにもしていなくても。いい加減、こういうカラクリから抜け出さなくてはならない、と斎藤氏は訴える。そのためには、先ず目の前の子供を救うこと。自分がやれることをやる。そうすれば「教育基本法が変わったって大したことないんです」とまで言った。

■もちろん、「教育基本法が変わったって大したことない」はその通りの意味ではない。だが、教育基本法は突然改正されるのだろうか。そこに至るまでの道程があり、それに荷担してない大人はいないはずだ。教育の現状は深刻だという。しかし、深刻じゃないときがあったろうか。「悪いヤツ」「正しい人」の二分法をやめ(それは責任の押し付け合いだから)、自分の責を引き受けることからしか現状は変わらない。少々意訳が入ったが、講演の趣旨はこのようなものと理解した。

■参加者は70人ほど。話はあっちに飛びこっちに飛び、「足手まとい」となって「働き盛り派」を競争から降ろそうなど、ひねった主張に開場はわいた。何によらずすっぱり言い切らない、"歯切れの悪い"応答も好感が持てた。だって、そんなに簡単に黒白つくわけないもんね。しかし、それゆえ退場者も多い講演会だった。混乱まっただ中で、著名な人から「正解」を聞きたかった人に、上述のような話は辛かったのだろう。歯切れの悪さの中に求めるべきものがあると俺は思うけど、待てるだけの余裕がないときはどうすればいいんだろう。

■最後に。斎藤氏の話し方が、誰かに似ている似ていると思いながら聴いていたのだが、ほどなくわかった。山田だ。多分会場内で俺しか気づいてないだろうが、間の取り方、笑い方、逆説的な物言いまで実に似ている。あと30年経って、山田の攻撃性が薄れたらこんなふうになるかと想像した。じゃあ、俺はどこに進もうかな。