漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

お節介

■午前中の訪問は休みになっていて、訪問三件の日。本来の月曜日は相馬、山田ともに四件の日でなかなか忙しいのだが、ちょっとだけ午前中のんびりする。

■で、その時間を使ってゲームをする。こう書くと「遊んでいるんじゃないよ」とお叱りをうけそうだが、それは違う。スタッフにも常々言っているのだが、ゲームをする/アニメを見る/ネットする/音楽を聴く/昼夜逆転する、いずれも訪問先の子供の気持ちを理解する手助けになるのだ。先週問い合わせがあった訪問先に説明に伺うときにも、そうしているから子供と少し話すことができたということがあった。それは子供にこびを売っているわけではない。「今の子供がわからない」などと愚痴る前にしてみる価値のあることだと思う。子供の行動を表面だけ見ていても理解はできない、ということに同意するならいっぺんやってみたらいい。

■もう一つ、昼夜逆転を嘆いたり問題であると言ったりする人に聞いてもらいたい話。とある訪問先の子供は、深夜放送やぼくらが訪問する時間に合わせて自分の寝る時間を調整している。そのために、寝起きする時間が一定でないから、普通に学校へ通っている子供なんか比較にならないくらい自己を律する能力を使っている。また別の訪問先の子供は、布団に入っても気持ちが落ち着かずなかなか寝つけないまま時間が過ぎていく毎日で、できることなら早く寝てすっきり起きたいのにそれができないまま何ヶ月も過ごしている。さて、あなたの知っている昼夜逆転の人はどんな風ですか。

■上述した二つの共通点は「外側に見えることで判断するのではなく、内側に入って見えることを理解しよう」ということだ。ぼくらが問題だと思っていてどうしたらいいのだろうと悩んでいることが当事者にとっては大したことでないことも、その逆もありうるのだ。そして、問題について悩むのも解決するのも、その主体が当事者である以上、外部のぼくらにできることはその気持ちを感じ取るくらいのことしかない。「こうしろよ」というのがお節介であることに気づく人の少ないことよ。

■あと、人付き合いが苦手だということと場を作る/合わせるということの差についてちょこちょこと考えているのだが、それはまとまったら書く。