■懐かしのアウクルで一緒にやっていたezorockが主催するグリーンデイというイベントに知り合いが出るので参加。といってもオンラインで家から。
■「社会は住まいを奪う」というテーマで、札幌で家を失った人たちへの住居支援をしている知り合い(毎週土曜日の夜回り仲間)、コロナ禍で経営が苦しいことから知り合いの団体と定形して住まいを失った人に部屋を提供し始めたゲストハウス経営者にNPO支援団体の人が司会をして話した。話しは北海道でホームレスがどのように生活しているかとそれについての質問が中心になったが、自分の関心としては、いつも夜回りで会っている長期の路上生活をしている人たちとコロナ禍で増えてきた家を失った人たちへの支援の違いだった。これ、不登校にも、長期に渡って学校に行っていない人と行かなくなり始めたばかりの人に対しての支援があまり変わらないことへの違和感はあるのよね。
■不登校は、当事者にとってはそこから始まる学校教育からの疎外とそれに伴う人生の送りづらさという長期的な問題になることが多い一方、周囲にとって不登校は原理的に短期の支援対象にしかならない、特に学校にとってはその傾向が強い。この、周囲が長期的支援の視点を持ちづらいという問題は構造的に発生していると考えられ、個人の意識変革だけで対応するのは辛いはずだ。ホームレス支援のように、なったばかりの人と長期化した人の対応を仕組みとしても分けた方がいいのではないか。具体的にいえば、ある程度の期間が経過したり本人の意思などを考慮して学校復帰は支援策として取らないという仕組みを学校が持つということだ。
■ゲストハウスの経営者が何故ホームレス支援と繋がったのかという話しは、漂流教室が始まった時に通じるものがある気がしたので一緒に飲みたくなった。なので終わった後に会場に行って飲んだよ。(火曜日)