■東京のある公立小で9万円もする標準服の導入を決めたんだそうだ。デザインはアルマーニ。銀座の小学校なのに、"らしくない"子供たちがいる。視覚的な同一性「ビジュアルアイデンティティー」を育むことで学校の一員として恥ずかしくない行動をとるようになるだろう。そのような「服育」の一環として、標準服のデザインを刷新することにしたらしい。「食育」なんて言い出したときに止めておけばよかったものを、もてはやすからこんなことになる。イデオロギーの押しつけで、全然子供のためなんかじゃないとわかったろう。
「食育」が気持ち悪いのは、食べ物をダシに"正しさ"を押し売りするからだ。ものを食うのにうまい不味いはあったって、良い悪いなんてないだろう。まして、その"正しさ"が個人の生活態度にまで及ぶようようでは、何をか言わんや。そうやって「××育」で次々やっていくわけですか。食べ物の次は衣服か挨拶か。そのうち娯楽や睡眠もやられるんじゃない。
http://d.hatena.ne.jp/hyouryu/20061205
■2006年12月の日誌から。そういうことです。
■ところで昨日の北海道新聞に載りました。フリースクールや不登校はいっさい関係なし。夫婦別姓についてです。もとは札幌自由が丘学園のサイトに高村さんが書いたエッセイを記者が見つけ、取材依頼が来たという経緯です。なので俺はおまけ。記事にあるのも高村さんのコメントだけです。
■一応、事実婚という形になっていますが、特に話し合いをしたというわけではありません。もし婚姻届を出すということになったらどっちの姓にするか。「タカムラケイタ」ってかくかくしてるなー。言いづらい。やっぱりソウマの方がなじみがいい。でも自分は気が進まないのに、向こうの姓を変えさせるっていうのもなんだよな。どうすっかなー。なんてうだうだ考えていたら、「事実婚にしたいんだけど」と言われて、そうしようそうしようと便乗しました。主体性ゼロだな。いいのかそれで。
■いまは、なんで苗字を変えるのにそんなに抵抗があるんだろうと自分を振り返っているところです。ほかの人は関係ない。自分の問題。そして家族の形をどうするかは家族の問題です。まわりがあれこれ言うことじゃない。
■好きに苗字を決めていいってことになったらどうなるのかな。キラキラネームならぬキラキラ苗字ができるのかしら。それなら「矢吹」にしたいけど、だったら名前も「丈」がいいしな。ケイタにあう苗字はなんだ。(また自分のことだけ考えている)