漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

連続で記事に

雪の目

■三日ぶりに車のエンジンに火を入れた。調子が心配だったが、特に問題はないようだ。身体は三日連続でアルコールを入れてて、こっちはさすがに調子が悪い。カレーで回復を図る。

北海道新聞の教育面にフリースクールの特集記事が載った。俺のコメントも載った。発達障害の子用に何か特別な配慮をしているか、と訊かれたので、元々ゆっくり関係をつくるのが漂流教室の活動で、それが対人関係に困難を抱えてる子にもうまく当てはまるのだろう、特別なことはしていない、と答えた。それが記事だと「『発達障害と見られる子どもは6割ほどいる。時間をかけて意思疎通を図り、信頼関係をつくることが大切』と話す」になった。特別なことをしてるように読める。

■細かな不満もあるが、フリースクールが必要だ、というトーンの記事だったのはありがたい。他府県の財政支援策を挙げてくれたのもよかった。先週土曜には「フリースクール等で子どもを育てる親の会」フォーラムの模様が記事になった。二日後に今回の特集で、読者の意識にも残ったのじゃないだろうか。出来ればもう一発欲しいな。28日のフリースクールフェスを取材してもらうか。

■もっとも、フリースクール公的支援を、という主張を理解してもらうのはなかなか簡単ではない。不登校の子を持つ親の会などでも反対の人はいる。フリースクールでうまくいかなかった、という経験があったり、"学校ではない育ちの場"がそもそもピンと来ない人もいる。「不登校」というのは「学校に行かないこと」だから、不登校自体を問題にしている人から学校を取り上げてしまうと、何をどこへ持って行っていいのか思考の拠り所がなくなるのじゃないだろうか。

■また、「フリースクール」の定義も改めて考えねばと思った。俺の考えじゃ学校復帰を目的にしている団体はフリースクールではない。それは塾と同じ学校教育の補完機関だ。もちろん、学校に戻りたくて、学校復帰を支えて欲しい子もいるだろうから、そういう団体があるのは構わない。フリースクールじゃない、というだけだ。違うということは言えるのだが、何がフリースクールか、はまだはっきりしない。

■ボランティアスタッフの湊さんは面白い。