■今日から町内のラジオ体操に参加。眠い。
■漂着教室は利用者やひさしぶりのボランティアスタッフや見学の人たちやでごった返し。こういうとき狭さを感じちゃうな。まあたまにだから別にいいか。そういや山田がお披露目会がどうとか言っていたが、やるのかな。
■話は変わって、スライドを自動生成してくれるAIに漂流教室の紹介を頼んでみた。
うん。まったく知らない理念と活動が出てきたね。なにを参考にこれをつくったんだろうか。「訪問と居場所 漂流教室」だけでここまでつくれないと思うので、「フリースクール」「不登校」「居場所」あたりの見当はつけていると思われる。そこから導かれる一般的な解が「個別の学習ニーズに合わせた質の高い教育」や「未来への希望」、「地域住民、学校、企業との連携」、「成績向上」「自己肯定感向上」「言語力向上」だったりするのだろう。こういったワードを散りばめると世の期待に沿う団体になるのか。反対に、どんな団体名にしたらいまの漂流教室をあらわす紹介になるんだろう。
■人は悪行を悪行として語れないとなにかで読んだ。このような理由があった、やらざるを得なかった、やらなければもっと悪いことが起きた。人は悪行を説明するにも「他人が納得する」内容、つまり意味や価値があったと語る。「ただ、いる」「ただ、ある」を掲げ、目的を持たずただ会うだけですと言うのは簡単だが、さらに説明しようとすると「その結果どうなるか」「どんな価値があるのか」が顔を出す。実はどんな名前にしたとしても漂流教室の理念や活動は説明できないんじゃないか。無意味なものを無意味なまま語れない。悪を悪のまま語れないように。
■そう考えるとタイムボカンの「それゆけガイコッツ」はすごいな。♪スキなことスキなこと悪いこと~