漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

道民教 不登校分科会

■教育研究集会の不登校分科会には何回も出ているが、今日ほど人数の集まったところは見たことがない。全部で30人以上の参加者がいたのだ。正直驚いた。内訳は、大学生20人以上、FS関係者や相談センターの職員などの支援者・親の立場で10人程度、教師は2人。ここ何回か教育研究集会における不登校分科会の現状は、教師の参加が少なく、大概支援する立場の人の集まりになっていた。今回、学生の参加が何故増えたのかはわからない。しかし、これをきっかけにつながっていってもらうことを、切に望む。同時に、「現場での不登校対応について知りたい」「どのように現場で接すればよいのか悩む」「子供はどのように過ごしているのか知りたい」という後輩の悩みに応えるためにも、現場の教師の参加をより一層期待する。

■分科会で発表されたレポートは、参加者の大半を占めた学生の期待からは外れるものだっただろう。何せ、四本のレジュメの内、三本がフリースクールからのもので、内容としても子供の姿よりも、主としてフリースクールの果たす社会的役割について述べるものばかりだったからだ。かろうじて、うちのレジュメの一部で他フリースクールと共同で対応している子供の例に触れたことと函館「あかしや会」の野村さんが自身の子供の不登校と向き合ってきた経緯を発表した中に、子供の姿が垣間見えたかもしれない。

■発表の多くは今、北海道のフリースクールが注力しようとしている、フリースクールの果たす社会的役割についてだった。これを考えるためには、フリースクールが・どのような子供に・どのような接し方をしていて・どのような効果が上がっているのかを、自身で把握してそれを分かち合い、相互理解を深める必要がある。そして、実際に理解を深めるための動きを作っている旨、この分科会では発表していた。

漂流教室からは、上に述べたように、他フリースクールと連携して共同対応を行っている子供について小レポートを発表した。やってきた生徒を「うちの生徒」として一団体のみで対応することが、必ずしもその子にとって最適な環境を作る責任を果たすことになるとは限らない。一つの環境の中で子供を変えるべく四苦八苦するよりも、その子にとって最適な別環境を見つけだしより多くの生活場面を作り出すことの方が、より良い人生を送れるということもある。というような発表。足りない部分は相馬氏が加えてくれるだろう。

■それにしても、学生のみなさんには、今日、この分科会に出た情熱を持ち続けてほしい。あの場でも言ったが、また来年会おう。