漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

安心のために

■昨年末の奈良の事件、この間の寝屋川の事件などを受け、家庭や学校での防犯対策のニュースが連日流れている。「子供を守れ」とは至極ごもっともで反論のしようもないが、それでもどこか引っかかる。

■訪問先でも、子供たちから寝屋川の事件の話が出る。この事件では最初、犯人の少年は中学時代不登校だった、という点がクローズアップされた。何か事件が起こるたび、その子が不登校だったかどうかが話題になる。またはゲーム。またはインターネット。嫌でも自分と重ねないわけにはいくまい。「子供を守れ」という声は一方で同じ子供を傷つける。発達障害精神疾患の子にも同じことが言える。

■そういった子だけではない。集団での登下校、カウンセラーの訪問、GPS機能のついたケータイを持たされ、学校にはガードマンが立つ。「子供が安心して暮らせる地域」などというが、こんな厳戒体制のどこに「安心」があるのか。異常な状況は余計不安を募らせるだけだ。よく眠れない子供が出て来るのも道理で、「子供を守れ」の声はここでも子供を傷つける。

■子供を安心させようと思ったら、何も起こらなかった顔をしていつも通りの生活に徹さなくちゃダメだ。GPSやガードマンがムダだと言うわけじゃないが、結局それらは、安心したい世間が保護者や学校に負担を押し付けたものだ。それがかえって子供を不安にさせることは上に書いた通り。必要なのは、不安に浮き足だつ心を抑えていつも通りに暮らすことだ。それこそ意地になってでも。大人なんだから我慢しろ。同じことを長崎の事件でも言った。


本日の脳内BGM:身代わりマリー(特撮)