漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

日誌再生会議

■明日が締め切りの原稿があって、まだ6割程度しかできていない。執筆に専念しようと思ったら、データを入れたUSBメモリを家に忘れてきたよ。うう。余市から戻ったあと寝ずにやらなくちゃ。悲しい。せめて帰ってからの仕事を減らそうと日誌を書く。

安倍内閣の教育政策は、新たに何か書かずとも以前に書いたもので間に合う。教育再生会議とはよく言った。

■俺と同じくらいの年齢の人が、恐らく彼らも受けたことがないであろう「伝統的な子育て」や「徳育・道徳を重視した教育」なんてことを口にして、主に「義務」と「強制」を振りかざすのを見るたび、不幸な幼少期を過ごしてきたのだろうかと、勝手な思いを巡らせている。(2012.5.3)

■内容以前に、安倍総理の意向に左右されている時点で、教育再生会議の提言には意味がない。何のために各界から人を集めたのか。学校の勉強なぞ出来なくてもいい。うちの会社はもっと別の能力を求めている。学力だけが全てではない。面子を見れば、そういう意見が出たって構わないはずだ。ひとつの視点しかないなら、集めただけムダだ。(2007.1.20)

■同じ戦後生まれでも、安倍総理みたいに自分の受けてきたはずの教育を嫌う人もいて、どうして自分の過去をそんなに否定しちゃうのかと不思議だ。ああいうのは"自虐教育観"とでも言うのだろうか。自分で自分を否定するのは止めないけど、他人の過去は放っておいて欲しい。

■ついでに言えば、現行の教育課程に不満があるとして、それをそのまま口にするのは大人として賢くない。今まさに学んでいることを役に立たない意味がないとけなされて、それでも勉学に励む子がいるだろうか。やる気を失くすのがフツーで、それで勉強しないと嘆いたって無茶だ。どうせなら誇りを持って学ぶのがいい。自分が子供じゃないのをいいことに、他人の"今"を悪し様に言うなんてどうかしてる。(2006.11.21)

■一番上のは確か義家議員の発言に対してのもの。こうやってコピペで手を抜く。日誌も再生、教育会議。