■ふだん被っている帽子がどうも黄色っぽい気がして洗うことにした。つけ置きしたら、まあ水が汚れる。濁った水を何度もすすいでようやく元の色に戻った。雪がとけてから被りだしたんだけどな。それだけ黄砂がひどかったんだろう。同じく黄砂でドロドロだった車もきれいに洗車した。
■オタマジャクシを飼いたいと子供が言うので一緒につかまえに行く。オタマジャクシのあいだは育てるのが楽だからいいけれど、カエルになったらどうしようか。逃がそうって言っても納得しないだろうな。足が生えてくるまでに考えよう。
■スミレやらシロバナノエンレイソウやら、春の花を見られて気分がいい。(5/3昼)


フリースクール覚え書き:北海道自由が丘学園夕張スクール
■1986年、北大教育学部教授だった鈴木秀一さんを中心に「新しい教育・学校をめざす研究会」が結成された。子どもが主人公の教育、学校づくりを目指して活動を続け、1995年に「北海道自由が丘学園設立委員会」を立ち上げる。市民立での学校法人設立運動は幅広い層の賛同をあつめた。
■学校設立に向け札幌市内で用地を探すも難航。対象地域を全道に広げる。これに夕張市が呼応、廃校となった鹿の谷小学校(建てられたのは大正時代!)の無償貸与などを定めた協定書を交わした。学校法人設立を目指しつつ、1998年、未認可の中学校「北海道自由が丘学園夕張プレスクール」を開校(のちに北海道自由が丘学園夕張スクールに改名)。初年度は道内外から16名の生徒が入学した。
■子どもを学ぶ主体者と位置づけ、点数による序列を廃止。新しい教育実践を追及する「実験学校」を志向した。授業は無学年制で、体験・総合型の学習を重視。また、北海道教育大学釧路校と提携し、学生による授業が3か月ごとにおこなわれた。なにより特徴的だったのが寄宿制で、公営住宅を借り上げた寄宿舎で月曜から金曜までスタッフと生徒が共同生活を送った(遠方からの生徒は週末も寄宿舎に残った)。すべて手探りの実践は簡単ではなく、退職するスタッフも出た。
■途中、校舎を移転し夕張での実践は5年続いた。だが、学校法人認可の目処が立たず、2003年、札幌に戻る。月寒の施設を拠点にフリースクール「北海道自由が丘学園月寒スクール」を開校、NPO法人格を取得し現在に至る。
■一方、認可学校設立の意思は消えずに残っていた。鈴木秀一さんは2015年に他界するが、NPO法人理事である細田孝哉氏の声かけにより「北海道に『自由な小学校』をつくる会」が発足。札幌近郊の自治体に廃校舎活用を打診し、長沼町の協力を得る。紆余曲折を経て2022年に学校法人設立。翌年4月に小学校開校。テストもクラスもない、先生もいないユニークな学校として注目をあつめた。今年、中学校を開校。義務教育学校「まおい学びのさと小中学校」となった。
■鹿の谷小学校は2011年に取り壊され、石碑と門柱のみが残る