漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

詰め合わせ

■CDの棚をひっかきまわしていたら「詰め合わせ」と書かれたCD-Rが見つかった。運転のついでにかけてみると、ORANGE RANGEの「上海ハニー」、B'z「BANZAI」、平原綾香の「Jupiter」など、文字どおり2004~2005年あたりのヒット曲詰め合わせだった。自分では聴かないものばかりなので誰かからもらったんだろう。当時の訪問先を思い浮かべ、おそらくあのへんかと想像するが、20年前のことなのではっきりしない。一方で20年前の曲でもそれなりに歌えてしまうのは驚いた。聴いていないようで聴いていた、あるいは聞こえてきたんだろう。いま流行っている曲も20年後にそれなりに歌えたりするんだろうか。さすがに無理か。

■通信印刷に星園に行ったらちょうど星園カフェの日だった。テイクアウトの弁当を待つあいだ、中島公園の児童会館について話す。7月に「かもくま祭」なるお祭りを開催するらしい。星園事務局も出店を出すから利用者とおいでとのことだったが、どうも日曜開催らしい。児童会館とはつながっておきたいから俺だけでも顔を出すかな。

■明日から北海道神宮例祭。外からはお囃子が聞こえてくるなか、午後はzoom会議2連発。出かけなくていいのはありがたいんだけど、利用者の相手をできないのは変わんないので、やっぱりもうひとりスタッフがほしいなあ。

■と、もろもろ気になることはあって、さて明日は漂流教室の総会。定款変更の資料をつくって目がしょぼしょぼする。この数年、よその団体の定款作成の手伝いをして、あらためて自団体の定款を見るとおもしろい。大きなミスも見つけたりなんかして。行政の担当者も気づかなかったんだな。

フリースクール覚書き・その3

■北海道初のフリースクール、「さとぽろ」の設立は1989年。前身は代表の宇野冴美さんが立ち上げた親の会(1984年設立)で、自宅にたくさんの子供があつまるようになったことからフリースクール開設を決意した。遠隔地からの入学希望に応え設立当初から寄宿舎制を導入。道内はもとより道外から来た子供も多くいた。

■一斉授業はおこなわず各人の興味に沿ってプログラムを展開する、決まりごとはミーティングで定めるなど、典型的な「フリースクール」だったが、10年誌『自分さがし』を読むと試行錯誤の連続だったとわかる。

■演劇は初期の重要なプログラムで、オリジナルの脚本で公演もおこなった。「子どもの権利」についての冊子発行。映画の上映。たびたびメディアに取り上げられ、さとぽろは知名度を増す。それにともない活動範囲も広がるが、団体の容量を超えていた。青年期に入った子たちの居場所、通信制高校に通う子たちの居場所、留学生の居場所などさまざまな事業が始まり、消えた。

■おなじように拠点も安定しなかった。札幌市内を転々とし、黒松内町へ移り、ふたたび札幌へ戻り、仁木町に居をかまえ、そこで活動を終えた。2010年5月解散。さとぽろ最後の拠点となった仁木町の施設。現在は一般社団法人NO to YESが管理し、「山の家きょうどう」として原発事故の影響を受けた子に向け長期休みの保養を提供している。

■一時は北海道の不登校シーンをリードしていたさとぽろだが、いまその影響はほとんど見られない。一方で「多様な学び」をすすめる団体に、ふとさとぽろのにおいを感じたりする。