漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

関心領域

■映画「関心領域」を観に行った。

ナチスドイツが建てたアウシュビッツ強制収容所の所長であったルドルフ・ヘスとその家族は収容所と塀一枚隔てた家に住んでいる。立派な庭付きの家に使用人を三人ほど抱え、五人の子供と妻と共に裕福な日常生活を送っている様子が描かれる。ただ、その背後には常に収容所から出る様々な音がずっと聞こえているのだ。収容された人たちに命令する怒鳴り声、反抗する人と看守の争う音、銃声、新たな人が運び込まれてくる蒸気機関車の走る音などなど。

■盛り上がるストーリーがあるわけではなく、淡々と日常生活が描かれていく。家族でピクニックに行ったり、食事をしたり、祖母がやってきたり、誕生日が来たり、子供達が庭で遊んだり…。その中に、ちらりちらりとユダヤ人蔑視の言葉や没収した金品が描写される。子供は収容された人の金歯で遊んでいる。妻は毛皮のコートを身にまとい点検して使用人に直すよう命令する。「関心領域」というタイトルの意味が重くのしかかってくる。暴力や排除が日常の中に組み込まれ生活を成り立たせている恐怖を感じる。そして、その裏にある被害者の命や人生のことは徹底的に無関心でいようとするのだ。

■ただ、よく見るとヘスとその家族も無関心でいることは意識的にやろうとしているのがわかるシーンもある。途中でやってくる祖母は収容所に知り合いだったユダヤ人がいて、収容された時にカーテンをもらえなかったことを残念な話として語る。その祖母は収容所の煙突から出てくる煙が遺体焼却の煙だと気づき、手紙を残して家を去る。また、ヘスは子供と川遊びをしている途中で汚れた水が流れてくることに気付く。そして汚水の中に人骨が流れてくるのに気付き、慌てて子供を川から上げて家で体を流させる。焼却した灰を川に流していたのだ。これらのエピソードは穢れという感覚に近いものを感じた。穢れを忌避することは無関心でいようとする態度なのだろう。

■使用人の一人は、夜中にこっそり出かけていき収容所で労働する人が拾えるようリンゴを隠し続けている。そのシーンだけはネガポジ反転の映像になったのは、非日常であることを意識させる仕掛けだろうか。

■映画の終盤、主人公となるヘスはアウシュビッツの所長から転属を命じられる。妻は理想の生活を営んだ家から離れることを拒否して単身赴任するようヘスに迫る。それをなんとか政府に認めさせて赴任先で働いた彼は、新たなユダヤ人大量虐殺作戦に伴いアウシュビッツに戻ることとなる。再び家に戻ることを連絡し喜び合うヘスと妻の姿は、そこだけを切り取るとホームドラマのワンシーンだ。その夜、赴任先の職場から帰宅するヘスは階段で何故か嘔吐してしまう。吐き終わった彼は、暗い廊下の先を見つめる。すると、現代のアウシュビッツで展示されているユダヤ人たちの遺品やガス室の光景を幻視するような描写がなされ、映画は終わる。

■ストーリーを楽しむ映画では無いので、肩透かしを食らった気持ちになる人もいるだろうが、自分たちの生活は何を排除することで成立しているのかと問い直すことを迫られる映画だった。見た後にじっくり考え直すことが必要な映画だな。(水曜日)