漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

戻してやろうか

■「フリースクール」と名乗るのをやめて早8年目。名前についてくるイメージと実態とのズレがその理由だが、たまに元に戻そうかと思うこともある。

■2、3年前からか、新しく不登校絡みで団体を立ち上げるのに「フリースクール」ではなく「オルタナティブスクール」を名乗る団体が増えだした。入っているLINEグループでも「オルタナ」とロックのジャンルのような呼ばれ方をしている。

■果たしてなにが違うのか、『NPOカタリバがみんなとつくった 不登校-親子のための教科書』はこう説明する。

こうしたスクールは、不登校支援を主な目的としていた従来の「フリースクール」とは一線を画しており、”これまでの学校に代わる学校”という意味で「オルタナティブスクール」と自称していることが多いようです

確かに「学校」志向の団体は多そうに思う。そのわりに教育機会確保法を活動根拠にしてたりするのが意味不明なのだが、マニアックな話は置いておこう(本当は大事なんだけどね)。「多様な学び」による「教育機会の確保」を目指している、くらいで把握しておけばいいだろう。

■それが本当に「オルタナティブ」になるか「子学校」になるか判明するのは後のことだ。いまは「オルタナティブ」を名乗ればいい。「フリースクール」が不人気になるのもかまわない。気になるのは「オルタナティブ」が優勢になったとき「フリー」はどこへ行くのかだ。

■代表の山田は「フリースクールは自由を学ぶところだ」と言う。自動車学校は自動車の運転を、農業高校は農業を学ぶ。であればフリースクールはフリー、すなわち自由を学ぶところになる。自由とはなにか。自由にふるまうとはどういうことなのか。それを学ぶ。はじめはこじつけくさいと思ったが、「フリー」を掲げる団体が減ると、なるほどと思う。フリースクール黎明期、「オルタナティブ」ではなく「フリー」を選んだのは「自由」を求めたからなんじゃないか。まあ、そのあとなにが「自由」か詰めなかった結果がいまなので、なんとも言えないのだが。

■で、それじゃあもう一度「フリースクール」を名乗ってやるかと思ったりするわけです。要は天邪鬼、つむじ曲がり。いつものヤツです。でも、「もうひとつの」ばっかり増えて「自由な」が消えたらそれはそれでイヤでしょう。ただなあ。「デモクラティックスクール」というフリースクールより不人気で、でも大事な名称もあるのよね。悩む。

フリースクールが「フリー」について熟考しなかったように、オルタナティブスクールも「オルタナティブ」についてちゃんと考えていないおそれはある。よけいなお世話ながら、掲げる看板の定義はよく話し合った方がいいよ。