漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

伝統的家族観覚え書き

■菅前首相肝いりの政策だった「こども庁」が「こども家庭庁」へ名称を変えるそう。

政府、自民党は14日、子どもに関連した施策の司令塔となる新組織について、予定していた「こども庁」から「こども家庭庁」に名称を変更する方向で調整に入った。伝統的家族観を重視する自民党内保守派に配慮する。
子ども新組織の名称「こども家庭庁」に変更 | 共同通信

驚くにはあたらない。もともと自民党は「こども家庭庁」をつくる予定だった。今年1月の読売新聞にそう書いてある。選挙を前に摩擦の少なそうな「こども庁」を名乗っただけだろう。

www.yomiuri.co.jp

■ところで自民党保守派が重視するという「伝統的家族観」とはなにか。2000年、小渕内閣で教育改革国民会議なる会議が開催される。そこで出された「教育を変える17の提案」で真っ先に挙げられたのが「教育の原点は家庭であることを自覚する」という項目だ。曰く、

教育という川の流れの、最初の水源の清冽な一滴となり得るのは、家庭教育である。子どものしつけは親の責任と楽しみであり、小学校入学までの幼児期に、必要な生活の基礎訓練を終えて社会に出すのが家庭の任務である。家庭は厳しいしつけの場であり、同時に、会話と笑いのある「心の庭」である。親が人生最初の教師であることを自覚すべきである。

  1. 親が信念を持って家庭ごとに、例えば「しつけ3原則」と呼べるものを作る。親は、できるだけ子どもと一緒に過ごす時間を増やす。親は、PTAや学校、地域の教育活動に積極的に参加する
  2. 地域の教育力を高めるため、公民館活動など自主的社会教育への支援を行う
  3. 企業は、年次有給休暇とは別に、教育休暇制度を導入する
  4. 国及び地方公共団体は、家庭教育を支えるため、親への教育やカウンセリングの機会を積極的に設ける。家庭が多様化している現状を踏まえ、教育だけでなく、福祉などの視点もあわせた支援策を講じる

「しつけ3原則」とは委員の発言によれば「甘えるな・他人に迷惑をかけるな・生かされて生きることを自覚せよ」ということらしい。ほかにも小中学生は「簡素な宿舎で約2週間共同生活を行い肉体労働をする」、高校生以上のすべての国民には「1年ないし2年間の奉仕活動を義務づける」や、「団地、マンション等に『床の間』を作る」といったトンデモや、「子どもを厳しく『飼い馴らす』必要があることを国民にアピールして覚悟してもらう」と子供を動物あつかいしたものまである。詳細は下のリンクからどうぞ。
https://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/1bunkakai/dai4/1-4siryou1.html

■あるいは安倍元首相が会長を務める「親学推進議員連盟」。安倍首相の下、自民党は「家庭教育支援法案」の国会上程を目指していた。法案に深くかかわったのが高橋史朗の提唱する「親学」。「伝統的な子育てに回帰するためにまず親を教育しなければならない」のだそうで、

  • 赤ん坊には子守唄を聞かせ、母乳で育てる。粉ミルクは使わない
  • 授乳中はテレビをつけない。子供にテレビやビデオはなるべく見せない
  • 早寝早起き朝ごはん
  • 幼児段階で基本的な道徳、思春期到来前に社会性を身につけさせる

など口やかましい。また、

との主張は痛烈な批判を浴びた。

■法案の上程を目指していたと過去形で書いたが、彼らはあきらめたわけではない。むしろ地方で活発に活動している。「家庭教育支援条例」制定が8県6市。もうすぐ9県になるという。そのうち勢いを駆って中央に出てくるだろう。

■さらに今年4月のこんな記事。

vpoint.jp

のっけから自民党に向け「子供の問題は親の問題」だから「伝統的な家族観を重視した政策の推進を期待」すると切り出す。「少子化児童虐待などの背景には、戦後に個人主義が蔓延(まんえん)する中、結婚や家族の価値が徐々に低下してきたことがある。かつては一定の年齢に達すれば、見合いなどで結婚することが当たり前だった。だが今では未婚化や晩婚化が進み、結婚を勧めれば『セクハラ』と批判されかねない」と畳みかけ、「新省庁の名前は、こども庁よりも『家族庁』の方がいいのではないか。結婚や育児、家庭の素晴らしさを伝え、結婚を支援することなども役割に加えてもらいたい」で終わる。

■ちなみに「ワシントン・タイムズ」というのは統一教会が創刊した新聞で、安倍前首相は統一教会の式典にメッセージを送るくらい親交が深い。

■ずらずらと並べたが、これで名称変更に不安を感じるなという方が無理だろう。こども政策推進の有識者会議に呼ばれたあるNPO代表理事は「大事なのは名称ではなくなにをやるか」だと擁護した。だが、名前は大事なのだ。だって、「こども家庭庁」にはしても「こども権利庁」には絶対にしないのだから。つけ加えられたものに本質がある。教育機会確保法だって議員に配慮して「オルタナティブ」を取り下げ、「多様」も「保障」もなくなった。そのときも「名称ではなく中身が問題」とおなじようなセリフを聞いたが、その後がどうなったかはご存じのとおり。

■ちなみにその団体が「こども庁(仮)八策」として提案した政策は吐きそうなほどやばい。それをもっぱら善意からできてしまうのはどういう神経なのか。