漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

喉の小骨

■札幌市教育委員会主催「不登校の心配のある児童生徒の保護者交流会」に参加してきた。うーん。心のなかはこんな感じ。

自分で火をつけておいて…か…火事場からにげだすって法はないぜ。ええ?おじょうさんよ…

■会自体はよかった。参加者の顔も満足げだった。これまで教育支援センター利用者の保護者会は開いたことがあるそうだが、全市に呼びかけてのものは初めて。90人定員がほぼ満席になった。フリースクールのスタッフにも来てもらいたいと早々に打診があって、おそらく教育機会確保法の影響だと思う。法律の効果は確かに出ている。

■基調講演は札幌若者支援センターの松田さん。ふだん、義務教育課程以降を対象にしている分、不登校も少し距離をおいて語れる。義務教育後から見ると不登校より不登校を「こじらせない」ことが大事で、そのために家庭になにができるかにしぼって話をしていた。学校の仕組にふれないのは不満だが、時間も限られているし仕方ない。

■親が子供を理屈で圧倒しても事態は好転しない。どのみち家庭内の争いで、我慢の量は変わらないからだ。「内戦で豊かになった国はない」という喩えが絶妙だった。専門家は重大時だけ現れてあとは様子見で去ってしまう。専門家より、日常的にかかわってくれる「日常家」を見つけた方がいい。子供の調子の上がり下がりと親の後押しはたいてい食い違う。子供の調子を知るには、普段のどうでもいいやり取りが重要という話など、漂流教室の活動を補強してくれる話が多かった。ありがとう松田さん。

■その後、5、6人の小グループにわかれての「交流」。およそ一時間、近況、心配事、相談したいことなどをそれぞれに語った。盛り上がってきたとろで終了となったが、そのあとも話し込んでいるテーブルが多く、話し、聞くことの大事さがよくわかる。もともとは不登校の子の親の会のやり方で、フリースクールネットの相談会でもこの方式を取り入れている。

■市教委は今後もこの交流会を続けるのだろうか。親の会方式は一回きりでは意味がない。どこの親の会でも月例会にしているのはそのためだ。松田さんの言う「日常家」を増やすためにも、年に数回開催した方がいいだろう。開催日はできれば土日。交流の時間も二時間はほしい。各テーブルに経験豊かな進行役がいるとよりいい。今回はフリースクールにしか声がかからなかったが、親の会にも協力をお願いすべきだろう。そのまま親の会につなげれば理想的だ。

■ここまで形が同じならフリースクールネットの相談会と共催にする手もある。こちらは運営ノウハウがある。会場確保と広報を市教委に担当してもらえれば、もっと規模を大きくできる(大きければいいというものでもないが)。

■で、冒頭の「うーん」へ戻る。市教委の考えは奈辺にあるのか。それがいまいちわからない。学校のかたくなな対応や無理解、相談指導教室への不満の声が交流会でもずいぶん出た。不登校は問題行動ではないと言いながら、学校も相談指導教室も「早期発見・早期対応」「学校復帰」を進めている。市教委もそれを是としている。それで苦しむ保護者をあつめて「交流しましょう」では筋が通らない。圧をかけている本人がガス抜きを計画したような。いや、その前に圧力かけるのをやめましょうよ。

■交流会自体はよかったし、今後も続けてもらいたい。できれば一緒に企画したい。ただ、市教委の心づもりの見えないのが、喉に刺さった小骨のようにひっかかっている。