漂流日誌

札幌のNPO「訪問と居場所 漂流教室」のブログです。活動内容や教育関連の情報、スタッフの日常などを書いています。2002年より毎日更新

文部科学省の変化

文部科学省が「3月のライオン」とのコラボレーション企画で「どこまでもあなたの味方だからね」というページを立ち上げていて、その中で不登校フリースクールについての取り組みを説明している。これは最新の不登校対策を文部科学省がわかりやすく解説したもので、漂流教室を始めた当時の認識からすると隔世の感がある。特に、不登校は問題行動ではないことを明言した箇所や教育機会確保法から「多様で適切な学習活動の重要性」「個々の不登校児童生徒の休養の必要性」を抜粋した箇所は、今後の不登校対策の立脚点として重要なところだ。文部科学省がよくぞここまで書けたと思う。スーパーバイザーは誰なのだろうか。

■ただ、いくつか逃げを打っている箇所もあるので指摘しておく。まず、休養の必要性は書かれているが、教育機会確保法を推進した人たちが言うような欠席する権利を認めたものではない。むしろ「いじめられている子供の緊急避難として」というように文部科学省的に認められる何らかの理由が必要となっている。つまり、多様な学習活動を行うために学校を欠席するというケース(つまり、主体的に公教育以外の学びを選択すること)については、書かれていない。これを認めてしまうと、教育は学校で行うものという前提が揺らぐからであろう。

■また、「不登校は、取り巻く環境によっては、どの子供にも起こりうるものと考えています。不登校は決して問題行動でありません」とはいうものの、支援の一環として環境調整、つまり教師・学校の不登校に繋がる在り様を改善することは出てこない。あくまで、不登校児童生徒の支援を適切に行うことが強調される。一応、このサイトの元になっている文科省通知「不登校児童生徒への支援の在り方について」には「児童生徒が不登校になってからの事後的な取組だけでなく,児童生徒が不登校にならない,魅力ある学校づくりを目指すことが重要であること」という一文があるのだが、必要なことは「魅力ある学校づくり」ではなく、個々の不登校事例の分析して現状の教師・学校の在り様を変えていくシステムづくりであろう。このサイトや通知の書き方では、社会の受け止めは変化しても、肝心要の学校が変わることは保証されない。

■そして、サイトの最後までいっても、学校に行かないで卒業することになりそうです、というケースは想定されていない。学校或いはそれに準じた施設で教育を受けること、それもだめなら家庭訪問やICTで、とにかく学校教育のカリキュラムを修めることが支援の中身となる。学校教育の枠組みから外れることは文部科学省としては認められないので、卒業の扱いについては明言を避けている。実際、卒業を認めるかどうかは校長判断になる。しかし、「子供が自分の進路を自ら考え、社会的に自立することを目指すことが大切」という言葉に沿うならば、もう学校には行かないし学校教育に沿った学びはしないと子供が選択した場合は、立派な自立であるのだから校長判断とかでなく卒業認定すればいいのだ。そういうシステムの改善には手を付けず、不登校児童生徒自身の進路選択を支援するという話に終始するのは、不登校は問題行動ではないが自己責任であるという視点が潜んでいそうだ。

■とまあ、批判の言葉ばかり書いたけれど、社会的な不登校の受け止めが変わっていく一歩を文部科学省自身が出したのは、うれしいことだ。逃げを打っている箇所は、いずれも手を付けると日本の教育を根本から変えることになる部分であって、そこが逆説的に見えてきているのはいいことだ。(日曜日)