■二日目午前で不登校分科会は終了した。学生が帰ってしまい、運営者以外に1名しか残らなかったからだ。もちろん現職教員の参加はなし。レポートも養護教員からのもの一本だけだった。やる意味あんのか。
■教員の参加が、またはレポートがないのは前に推察したとおりだろう。
レポートがこうも減ったのは何故か。「不登校」という問題の立て方が限界なのだろうか。不登校は現象でしかない。その奥に発達障害があればその分科会に、学校のあり方に問題があれば学校づくりの分科会に行く。地域での活動や青年期に焦点をあてた分科会もある。「不登校」という入口を通過して、みんなそれぞれの課題に辿り着いたのかもしれない。(2009年11/11の日誌から)
■親の参加もほとんどなくなった。これはスコレー札幌の栄花さんが共同研究者から退いたことが影響していると思う。栄花さんほど保護者から信頼されてたフリースクールスタッフを俺は知らない。その後、親とのパイプを持った共同研究者を用意できなかったことが、参加者減の理由だろう。
■代わりに学生の参加が増えた。一日目、二日目とも15名〜20名の学生が来た。それはそれで歓迎すべきことなのだが、彼らは二日続けて参加しない。レポート発表後のフリートークに興味を示さない。これまでと同じやり方ではうまく運営できない。形式を見直す必要あり。
■彼らのほとんどは教員志望だ。そして驚くほど不登校について知らない。俺もこの仕事に就くまではそうだったから偉そうなことは言えないが、彼らが教師になったら間違いなく不登校の子に出会うのだ。そのときに丸腰で立ち向かうのはあまりに不憫だ。不登校の基本的な部分をおさらいする、そういう分科会(というか学習会か)に変化するのもいいのかもしれない。
■空知地区の退職教員から、目立たないが良質レポートがあった。不登校の中学生をていねいに見て、配慮の行き届いた関わりをしている。残念なのは組織的なものではないということ。教育行政は自分の足元にあるこういう活動をちゃんと拾ってサポートしてほしい。高校の養護教員組合は、保健室の相談から見える高校生の現状について報告があった。性の問題、障害の問題、精神疾患の問題が柱で、24ある分科会のうち6つの分科会で同じレポートが発表された。それだけ解決にあちこちの協力が必要ということだろう。3年前か、やはり養護教員からのレポートがあった。そのときは当該地域の問題に落されてしまったのだが、今回は全道を対象にしたアンケート結果を基にしている。この報告を受けて、来年の合同教研がどういう方針を打ち出すか注目してないと。(11/15午前)